| mami 的个人资料アメリカ奮闘記日志列表 | 帮助 |
|
|
3月5日 JAFAパーティ先週末のキャンプに続き、昨日はJAFAパーティ 最初は「来れないかも」と言い出していたダーリン、結局また調整して「先生」に会いたい、みんなに日本に行く前に会いたい、そしてもちろん「私」に会いたい、と来てくれました。(彼が来るのがわかったのはパーティ当日の午後だったんですけど) パーティ、かなり盛り上がりました。アメリカのパーティ、皆様、予定時間より遅くやってくることもありますが、8時予定なのにみんなが集まってきたのは9時過ぎ。いろいろと話し込み、卒業生もその先生のために、とやってきてくれて、みんなで話も募って・・・気がつくと1時。楽しい時間はあっという間です。 そして最後にみんなで先生に「ありがと」彼女は私の友達でもあり、いろいろとお世話にもなっているのですが(ダーリンと私をくっつけた要人物の一人だし、卒論についてもかなり助けていただいたし)、そこまで生徒のために頑張って、もちろん生徒にも慕われてる、そんな彼女のことをもちろん友達としても、そして人間としても、学術的な先輩としてもますます尊敬したひと時でした。 本当に忙しいけど、JAFAにいて、よかった。 2月28日 キャンプダーリンが今回こちらに来てくれた理由は私の誕生日ともう一つ、毎回おなじみJAFAキャンプです。 今回は車で30分の州立公園、そこでキャンプ。大して今回何をした、というわけではないのですが、みんなでテントを張って、いろいろと話して、ゲームして、そんな週末を送りました。あと、公園内のワニを見に行ったりなどなど(アメリカ南部ではワニがいたりします) しかし2月末、夜は一桁の温度、とても寒い。凍えてました・・・。ともに来た人の中にはあまりに寒くて寝ることが出来ず、ずっと徹夜していた人も出たくらい。本当に寒かったです・・・ この2泊3日のキャンプ、残念なことに今回、けが人続出。ダーリンもその中の一人、こけてすりむいてました。しかも「弁慶の泣き所」を思い切り打ったらしく。あと、友達はブランコで遊んでいて、突然鎖が切れ、思い切り地面に落ちたり、など。そして帰りにはまた別の方が車で事故してしまったり・・・。でも、大怪我等はなかったのでそれはよかったです。みんな、普通に軽症ですみました。 そんなキャンプでしたが、楽しかったです。やはりみんなでのイベントはいいものですね。 P.S.寒すぎてしまったのか、キャンプの翌日の今日・・・熱を出し、ダウン。ダーリンに看病してもらい、そして彼は帰っていきました。おかげさまで今は何とか回復。本当にありがと、ダーリン 2月8日 EXPLORE JAPAN!今日はJAFA、というより学校より協力依頼されたイベント”Explore JAPAN"が午前中ありました。まずこのイベントは、地元の小学生たちが学校に来て、日本文化を味わう、というのが趣旨です。 朝8時集合。みんなで教室の準備。今回5つの教室を用意し、それぞれ言語、美術、衣類、食べ物、そして交通機関、貿易について子供たちに説明します。が!相手はアメリカの小学校2年生。もちろん普通のプレゼンテーションとはいきません。半分遊び感覚で、子供に楽しみながら日本文化を経験してもらおう、それが私たちの意図でした。衣類だったらみんなに着物を着てもらおう、とか、言語だったらみんなに実際に日本語を書いてもらおう、とか。何度みんなに準備、練習してもらい、しかもリハーサルまで重ねたことか。 9時、子供たちが学校に到着。日本の踊りをずっと日本でやっていた日本人の子の踊りを皮切りにイベントスタート。子供たちがグループに分かれて5つのセクションを回っていきます。 私が担当したのは食べ物セクション、おはしの使い方を説明、そして実際におはしを使って物を運ぶ競争をします。もちろん勝った人にはごほうびが待ってます。そしてプチおにぎり(一口大)をみんなに試食してもらい、最後に「いい子だったね」と日本のアメを一人ひとつずつ持って帰ってもらうという段取り。 しかし子供は大変。勢いに負けてはならぬ、と、久しぶりに(昔、日本で子供たちに英語を教えていた)子供用にテンション高く頑張りました。叫びました。 結果皆様のおかげで無事にお昼前に終了、そして成功を収めた・・・と思います。でも本当にうれしかった。子供たちが喜んでくれたこともそうだけど、こうしてアメリカ人の学生と日本人の学生がともに協力して、一つのことをやりとげたということがすごく嬉しかった。終わったときは感動でした。まさに私が求める「架け橋」 私は今年卒業なので、もうこのイベントをお手伝いすることはできませんが、また来年このイベントが続いてくれたらな、と思っています。やっぱりいい伝統は残したいもの。 P.S.その後授業でしたが、あまりにそのイベントで力を使い果たしたため、授業までの間はずっと図書館で寝ていました・・・ 1月19日 学生団体JAFA一応、私は学生団体JAFAの代表もしています。特に、この学期になり、主要人物の何人かが抜け(ダーリンもその一人)、私を含めごく少数でその団体を動かさなくてはなりません。 今まで私はある意味、「日本人だからの代表」ということで(学生団体の名目がアメリカ人と日本人の友好を呼びかけているので、一応日本人もちょっとは表に出ないと、ということもあって)、私が代表になったのもあったのですが、今回は・・・本当に代表として動かなくてはならなくなりました。 あわただしく前の学期に主要人物が抜け、何も引継ぎもなかったので、まずそこからしなくてはいけません。昨日会議があったのですが、とりあえず全部引継ぎをしてもらおう、ということで急遽、今日はその抜けたメンバーと連絡をとり、ずっと引継ぎ作業をしていました。そうしていると、自分もお飾りだった立場から本当に責任を感じる立場へと、どんどん実感がわいてきます。 しかも2月の始めに早速、地元の小学生に日本文化を披露するイベントがあるため、今後は忙しくなりそうです。今までは授業勉強が忙しく、あまりこういった文化交流のイベントには参加できなかったのですが、この学期は特に筆頭となってイベントに参加できるのが嬉しいし、現在準備段階ですが、それがすごく楽しい。メンバーもアメリカ人と日本人、一致団結してるから、これこそ「私が夢に見た!」と思えるし、やはり充実しています。(タイトル通り、橋渡し) かといって、今日はあまり勉強できなかったのは悲しいことです(引継ぎ作業が多すぎて。もう少し要領がよければ、と反省) その代わりなのかなんなのか、重なるなぁ、と思ったのは、久々の友達数人から偶然にも連絡が来たこと。「最近、元気なの?」「何してるの?」と立て続けに3人の方から連絡がやってきたことには驚きました。それぞれ、彼らも元気そうで何よりです。 というわけで、今日は人の架け橋となるべく、せっせと動いていた(精神的に)一日でした。 9月26日 JapanFestこの週末は、アトランタでJapanFestという、一種の日本祭りというものがあったので、私の所属するJAFA(日米友好協会)で行ってきました。 金曜日の夜に行われたJazz meets Japanと題して行われた、ジャズのコンサート。アメリカの本格的ジャズに、琴やさまざまな楽器のセッションを組み合わせたもの。ジャズ特有の迫力(声量とか)、そしてひさびさに感じた日本文化のよさに感動し、思わず半泣きでした。 土曜日は一日、JapanFest。久々に屋台で日本食を堪能し(高かったけど・・・)、小さいころを思い出してヨーヨー釣りしたり、駄菓子を買ってあたりを狙ってみたり。 本当に楽しかったです。帰りは焼き鳥屋さんで焼き鳥を堪能して帰りました。 そして、今回のジャズコンサート及びJapanFestは団体の方がご招待していただいたもの。本当にありがとうございました。今後とも、アメリカー日本の架け橋となるよう、がんばっていきたいと思いますのでよろしくお願いいたします。 9月6日 キャンプ今日まで、私が所属している「日米友好協会JAFA」のイベントで3泊4日でキャンプに行ってきました。こっちでは大きなハリケーンが来ているというのに、何とか無事にキャンプも終了。自然とたわむれ、特に久々に川や緑の中で探検し、子供時代を思い出しながら楽しむことができたのでよかったです。みんな、新しいメンバーともそれぞれ仲良くなることができたので、一応「会長」の私としても大喜びです。本当によかった。 |
|
|