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日志


3月31日

おつかれさま、そしてありがと

今日は久々に家族のお話。というのが・・・日本時間の今現在、私の父が長年勤めていたところを定年退職します。

本当なら実際にあってお祝いしたかったんですが、何分私は現在アメリカなので、代わりに手紙を送りました。

「本当にずっと長い間、おつかれさまでした、そしてありがとう。加えて、なのに今でもいろいろとな意味ですねをかじっててごめんなさい。ずっとりんだはお父さんの娘で幸せです。おかげさまで、好きなことまでさせてもらえて・・・5月に修士号もって卒業!となるようにがんばります。本当にずっと、体調が悪いときでさえも家のことを考えてずっと働いてくれてありがとう」

次に私が心配したのは、退職後に突然すべきことがなくなって落ち込んでしまうという、最近多い症状(これまた心理学の授業で習いました)。が!人手が足りないと、まだ相変わらず父は時々その職場に借り出されるとのこと、しかも我が田舎に畑もあり。というわけで、「すべきことがない」ということはないそうです。

何はともあれ、本当に長い間ありがとう。おつかれさまでした。今度あったときはしっかり晩酌してあげよう

2月23日

誕生日なので(日本時間)

日本時間ではついに誕生日を迎えました。アメリカ(東海岸)では、日本との時差が14時間あるので、まだ誕生日前夜祭ですね。

今日は私の誕生日、当然ながら私が生まれた日。そして、同時に多分私の家族が一番大変だった日だったんだろう、と思います。

私が生まれた、でもそれはとても大変な事だって聞いたのが高校の時。たまたま母子手帳を見せてもらったら、私は生産(生きて生まれる)でもなく、もちろん死産でもなく、「仮死産」と記入されていました。私は人よりも長いこと母上のおなかの中にいて、生まれる気配もなく時が経ち、「危ない」とのお医者さんの判断で帝王切開。仮死状態で生まれ、後に無事息を吹き返し、今に至ります。数時間遅れてたら・・・私はここにいませんでした。

だから誕生日、私のお祝い、そしていつも家族に感謝する日。家族、もちろん親戚含め、あなた方がいなかったら、私を支えてくれなかったら、今頃私は何をしてたのでしょう、どうなっていたのでしょう。また、困難ながらも私を産んでくれた母上、あなたが何度も私を生むために努力してくれなかったら、私は今頃どこにいたのでしょう?だけど現実、私は皆様の支えと母上の努力で無事生を受け、しっかり愛情をもらい、ちゃっかりわがままに育ってしまいましたが、それでもこの世に生きる定義を見つけ、ここにいさせていただいてます。

本当にありがとう。私を今の私にしてくれて、そしてその私を認めてくれて

実際、私は今後についてはまったく不明です。だけど、皆様に教えてもらったこと、そしてひいおばあちゃんの予言どおり、どこまでも羽ばたけるように頑張ります。今後ともこんなわがまま娘ですが、支えてやってください。

本当にありがとうございました。

11月18日

ありがとう、そしてさようなら

Mrs.Nさま、幌様、НΙЯΘΚΘ様、さいちぃ~ず様、素敵なコメント、そして温かいお言葉ありがとうございました。そして、特別参加の母、ありがとうね、コメント追加してくれて。

皆様の励ましの言葉をいただき、今は少々落ち着き、涙もやっと止まりました。今はもう泣いていたら愛犬「ハチ」も天国に行きづらいだろうし、ということで精一杯ありがとうの気持ちをこめて送り出したいと思います。「私も頑張っていくから見守っていて」と言う気持ちも込めて。

さて、私も気分入れ替えてたまっているペーパーを書き上げていこうと思います。本当にこの度は皆様、ありがとうございました。本当に皆様に応援していただいて、りんだ一家は幸せです。今後ともよろしくお願いします。

11月17日

命の尊さ(ごめんなさい、かなり悲しいお話です)

昨夜、普段そこまでかからない電話が鳴った。日本の私の母でした。そしてそこで告げられたのは・・・私の家でずっと飼っていた犬の死。享年16歳、犬にしては大往生。しかも老衰、まるで眠るように亡くなった、と母から聞いた。

数日前、確かに母から「もうじき愛犬が亡くなるかも・・・」というのは聞いてたけれど(すでに衰弱しきっていたので)、いざ亡くなったと聞けばそれはそれで悲しく、母と電話中なのにもかかわらず思い切り声を出し、泣いてしまいました。受話器の向こうで泣いている母に「もう泣かないようにしようね」と、電話を切りましたが、やはりずっと泣いてしまいました。

というのが、悲しいからというのもありますが、私は何もしてやってなかったということ。犬を飼おうと言い出したのは私だったのに、忙しさにかまけたりして結局お世話は全部父上や母上がしてくれて、私は見てるだけだった。だから私が覚えてるのは見てるだけの記憶。触ったり、一緒に遊んだ記憶って本当にあまりないんだ。本当にそれが申し訳なかった、って感じて思い切り懺悔でした。

だけど、長年の友人に言われた、「それでも愛されてたのに変わりはなかったんだから、愛犬は幸せだったんだ」と。死ぬ直前に自分の人生、幸せだったか、とか考えるって聞くけど、うちの愛犬はどういう答えを出したんだろう?そして今は何してるんだろう。

だから、今回のことで学んだの。「今」を大切にしよう、と。今、大切にしたい人、物を大切にする。私にはいっぱい大切な人、ものがあるから大変だけど、できる限りの事をする。自己満足かもしれないけど、でもそれが私のできること。

ありがとね、そんな大切なことを教えてくれて。そして・・・冥福をお祈りします。